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2012/09/18 (Tue) ペン回しの評価とは

Frontierさんのブログの記事を見て少し思うところがあったのでつらつらと。


様々な競技の「評価」というものを見ると、「その競技の本質に強く関わる項目」
が最も重きをおかれて評価されるべき項目であるとされていることが多いです。
(例えば体操やフィギュアスケートであれば、雄大さや美しさなど)


そう考えた時に、「ペン回しの本質(=本当に評価すべきもの)」とは何かという問いにぶつかるわけですが、
不思議なものでペン回し界の人間の思う「ペン回しの本質」は各人で全く異なっているのです。
これは完全に文化の違いなのです。


ペン回し資料室ができる前のペン回しの考え方はこうです。
「必要最小限の力で行う」「手首は固定」
「指から離れたものはペン回しではない」
「無闇に技を増やしたくない」「ペンの改造は禁止(暗黙の了解)」
これって今のペン回しと比べると全く別の競技だと思いませんか。


一口に、文字だけで「ペン回しの本質は」と問われれば
おそらく答えはここにあるのでしょうが、今の時代に適応できるわけではありません。
PDS1stの出現からJapEn1stまでで、明らかに暇つぶしとしての本質は第一でなくなったと言えます。
技を組み合わせて、より見栄えの良いパターンや構成をつくる、といった一種のアート要素を持ったのです。


やがて人は新しい技や見栄えを求め、技を発展させ高度化させ、そこに新しい価値をつけ始めたのです。
spinnerpeemやsupawitの出現でペン回しはよりいっそう、着実にジャグリング化が進んでいます。
彼らの出現で、価値観は大きく動いたといっても過言ではないと思います。


そこで、難易度が評価の中心になってよいものかという問いに関してですが、
物事の価値観は状況によって変動するので、一概にどちらとも言えないと考えています。
やはり評価の中心になるものは目的によるもので、先ほどの「ペン回しの本質」にも関わるところです。


ペン回しはジャグリングである。挑戦するスポーツ競技なのだ。
とすれば、「成功」や「達成」が評価の対象になるでしょうし、

ペン回しはある種のアートである。見栄えや構成を蔑ろにしてはいけない。
とすれば、「シークエンスの完成度(難易度、習熟度、構成、総合した完成度)」が評価の対象になるでしょう。
難しいのは前者は優劣が割とはっきりつき、後者はつけがたいというところです。


当初の事の発端であるbonkuraさんの件に関して言えば、
本当にただ文化の共有という点で難しいということが一番の要因かと思います。

彼に関して「今現在、動画だけで判断できない部分」が多く、
また当人もペン回しの歴史のごく一部にしか触れていないので、
「今のペン回し界において」でしか判断ができないのです。

bonkuraさんが本当にすごい、という認識は、彼がどういった流れでペン回し界に存在し、
またペン回し界との関係がどうであったか、などを知っているからこそあり得るのです。
そういう意味では、不必要に過去のものが駆逐されて失われていくのはとても悲しいことだな、と
ここ最近考えていたところでした。


Frontierさんは技術的な側面から見られてらっしゃって、
全くぼくと違う方向からでしたので、意見交換という意味でも書かせていただきました。
長文失礼いたしました。

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まわし。 | comment(2) |


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ペン回しがアートであるか競技であるかによって審査基準等は大きく変わってきますよね
これを表現する言葉が自分はうまく見つけることができなかったのでこの文章を読んでスッキリしました。
良いものを読ませてもらいました^_^

2012/09/18 02:35 | hal [ 編集 ]


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2013/08/11 08:33 | [ 編集 ]


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